数字2016の意味と解説
2016年2月11日、米国ワシントンD.C.とイタリア・カッシーナで同時に記者会見が開かれ、LIGO(レーザー干渉計重力波観測所)が重力波の直接検出に成功したと発表された。観測されたのは前年2015年9月14日、約13億光年彼方で約36太陽質量と29太陽質量のブラックホールが合体し、約62太陽質量のブラックホールになる際に生じた重力波(GW150914)だった。アインシュタインは一般相対性理論(この辞典の1915エントリーの主題)の完成後、1916年6月に発表した別の論文で重力波の存在とその光速での伝播を導いていた——今回の発表はその予言からちょうど100年後にあたる。
数学的な性質・豆知識
2016を素因数分解すると2⁵×3²×7となる。約数は36個あり、真の約数の和は4536で自分自身を上回るため過剰数に分類される(過剰分2520は、この辞典の2520エントリーと同じ数字になるが、これは単なる算術的な偶然である)。なお約数の多さから『高度合成数』と誤解されることがあるが、2016より小さい1680がすでに2016を上回る40個の約数を持つため、2016自身は高度合成数の定義を満たさない。数としての性質に加え、2016年2月11日はLIGO(レーザー干渉計重力波観測所)が重力波の直接検出に成功したと発表した日として知られる。観測されたのは前年2015年9月14日、約13億光年彼方で約36太陽質量と29太陽質量のブラックホールが合体し、約62太陽質量になる際に放出された重力波(GW150914)だった。アインシュタインが一般相対性理論の完成後、1916年6月の論文で予言していた現象であり、発表年を基準にすればちょうど100年越しの実証となる。桁の和は2+0+1+6=9で、一桁数字の中で最も大きい完成の数字に還元される。
縁起・風水・吉凶
伝統的な吉凶の対象ではなく、LIGOが『重力波』の直接検出に成功したと発表した年として、科学史に刻まれる数字です。
2016年2月11日、LIGO(レーザー干渉計重力波観測所)は前年2015年9月14日に観測した重力波(GW150914)——約13億光年彼方で約36太陽質量と29太陽質量のブラックホールが合体した際に生じたもの——の直接検出に成功したと発表した。アインシュタインが一般相対性理論(この辞典の1915エントリーの主題)の完成後、1916年6月の別の論文で予言していた現象であり、発表はその予言からちょうど100年後にあたる。この辞典の1929(ハッブルの法則)・1965(宇宙マイクロ波背景放射)・1998(宇宙の加速膨張)・2012(ヒッグス粒子発見)に続く科学史シリーズの最新作だが、これまでの発見がいずれも光や粒子衝突を手段としていたのに対し、2016年の発見は時空そのものの歪みを直接とらえる、まったく新しい観測手段(重力波天文学)の幕開けを告げるものだった。2017年のノーベル物理学賞はレイナー・ワイス、バリー・バリッシュ、キップ・ソーンの3氏に贈られた。
よくある質問
Q. 重力波が『発見』されたのは2015年ですか、2016年ですか?
A. 観測そのものは2015年9月14日、発表は翌2016年2月11日と、明確に区別する必要があります。LIGOの2つの検出器が同時に捉えた信号『GW150914』は、その後約5か月かけて解析・検証され、2016年2月11日にワシントンD.C.とイタリア・カッシーナで同時に記者会見が開かれて世界に発表されました。
Q. GW150914とは具体的にどんな現象ですか?
A. 約13億光年彼方で、約36太陽質量と約29太陽質量の2つのブラックホールが合体し、約62太陽質量の1つのブラックホールになった現象です。差分の約3太陽質量分の質量が、重力波としてエネルギーに変換されて放出されました。合体の最後の一瞬(約20ミリ秒間)には、観測可能な宇宙の全恒星が放つ光の合計出力(ピーク出力)の約50倍に達したとされます。
Q. 『アインシュタインの予言から100年』というのは正確な表現ですか?
A. 発表(2016年2月)を基準にすれば正確です。アインシュタインは一般相対性理論の場の方程式を発表した後、1916年6月に発表した別の論文(この辞典の1915エントリーが扱う場の方程式の正式論文とは異なる論文)で重力波の存在と光速での伝播を導いており、2016−1916=ちょうど100年になります。ただし実際の観測自体は2015年9月(1916年から99年後)であり、『発表年』を基準にした場合にのみ『ちょうど100年』が成立する点には注意が必要です。
Q. この発見でノーベル賞を受賞したのは誰ですか?
A. 2017年のノーベル物理学賞は、レイナー・ワイス(MIT)に半分、バリー・バリッシュとキップ・ソーン(いずれもカリフォルニア工科大学)に残り半分が贈られました。LIGO創設の中心人物の一人だったロナルド・ドレーヴァーは、ノーベル賞発表の数か月前の2017年3月に死去しており、ノーベル賞が存命者にのみ授与される規定のため受賞対象には含まれませんでした。
出典・参考
公開日: 2026-08-24