数字1933の意味と解説
1933年、スイスの天文学者フリッツ・ツビッキーは、かみのけ座銀河団に属する銀河の視線速度のばらつき(速度分散、少なくとも秒速1500〜2000km)を観測し、ビリアル定理を使って銀河団全体の質量を推定した。その結果、見える星々の光から推定される質量の少なくとも400倍もの質量がなければ、観測された速度の分散を説明できないことが判明する。ツビッキーはこの見えない質量を論文の中で『dunkle Materie(暗黒物質)』と呼んだ——この辞典の1929エントリー(ハッブルの法則、宇宙が膨張しているという発見)からわずか4年後、宇宙には見えている物質だけでは説明のつかない何かがある、という新しい謎が投げかけられた瞬間だった。
数学的な性質・豆知識
1933は素数であり、2小さい1931とともに『双子素数』のペアをなす。また1933を4で割ると1余ることから、フェルマーの二平方定理によりただ一通りの方法で2つの平方数の和(1933=13²+42²)として表せる。数としての性質に加え、1933年は天文学者フリッツ・ツビッキーがかみのけ座銀河団の観測から『暗黒物質(dunkle Materie)』の存在を示唆した年として知られる。銀河の速度分散から質量を逆算したところ、見える物質から推定される質量の少なくとも400倍が必要だと判明し、この見えない質量に名前が与えられた。この辞典の1929(ハッブルの法則)・1965(宇宙マイクロ波背景放射)・1998(宇宙の加速膨張)をつなぐ宇宙論シリーズの新しい一角であり、当時はすぐに受け入れられなかったこの発見は、1970年代のヴェラ・ルービンらの研究でようやく確固たる証拠を得ることになる。桁の和は1+9+3+3=16で、さらに1+6=7に還元される。
縁起・風水・吉凶
伝統的な吉凶の対象ではなく、フリッツ・ツビッキーがかみのけ座銀河団の観測から『暗黒物質(ダークマター)』の存在を示唆した年として、科学史に刻まれる数字です。
1933年、スイスの天文学者フリッツ・ツビッキーは、かみのけ座銀河団の銀河の速度分散をビリアル定理で分析し、見える物質だけでは説明できない大きな質量——見積もりで少なくとも400倍——が存在することを示し、これを『dunkle Materie(暗黒物質)』と呼んだ。この辞典の1929(ハッブルの法則)から4年後、1965(宇宙マイクロ波背景放射)・1998(宇宙の加速膨張)へと続く宇宙論シリーズの新しい軸となる発見だ。当時はすぐに受け入れられず、1970年代のヴェラ・ルービンらの銀河回転曲線の観測によって再評価された。
よくある質問
Q. ツビッキーはどうやって暗黒物質の存在を示唆したのですか?
A. かみのけ座銀河団に属する銀河同士の視線速度のばらつき(速度分散)を観測したところ、少なくとも秒速1500〜2000kmという大きな差がありました。天体が互いの重力で束縛された定常状態にあると仮定する『ビリアル定理』を使ってこの速度分散から銀河団の質量を逆算したところ、見える星々の光の量(発光物質)から推定される質量よりもはるかに大きい質量が必要だと判明しました。ツビッキー自身の論文では、その差は少なくとも400倍にのぼると見積もられています。
Q. 『少なくとも400倍』という数字は現在でも正しいのですか?
A. ツビッキーが用いたハッブル定数の値(当時は現在の値の約8倍)が現代の値と大きく異なっていたため、現代の視点で再計算すると、この倍率は大幅に下方修正されるとされます。具体的に何倍が正しいかは資料によって幅があり断定できませんが、暗黒物質が銀河団の質量の大部分を占めるというツビッキーの根本的な結論自体は、現代の観測でも支持されています。
Q. ツビッキーの発見はすぐに受け入れられましたか?
A. いいえ。当時の天文学界ではすぐには広く受け入れられず、1940年にはスウェーデンの天文学者エリック・ホルムベリが『起こりそうにない仮定』と評したとする記録も残っています。この発見が確固たる証拠として再評価されるのは、1970年代にヴェラ・ルービンとケント・フォードが渦巻銀河の回転曲線(銀河中心から離れても星の公転速度が落ちない現象)を観測してからのことです。
出典・参考
公開日: 2026-08-25